絵を描く。



この事が23歳の終わりに、私が自分の人生で課した決め事となった。
私は小さい頃からとても急いでいた。
本当に幼い頃から
「生きるとはなんなのか」
「人生とはなんなのか」
「何故生まれてこなければならなかったのか」
そんなことばかり考えていた。



本を読み、同級生の話を聞き、先生の仕草を観察した。
遠くまで歩いてみたり、山のテッペンにある神社までお参りに行ったり、
年寄りの歩こう会にも参加した。
そして、どこにもヒントはなかった。
ぼんやりと、23歳にはその答えの糸口になる何かの先っぽを掴んでいるくらいには人生というものを決めている自分でいたい、と考えていた。
自分の人生を通して携わっていくものに出会う。(出会う、というより決める)
そして人生というものを知る。
私の役割、求められている事、意味、私の意味、理由。私の理由、生きる理由。
生まれてきたという事実、その意味、正当な理由。
わたしにはそれらを知る事が必要だった。
それらを知る為の道。
暗くて、手探りの状態でもわたしにはその道の出発点に立つ事が必要だった。
なるべく早い時期に。
今もまだうまくは言えないが、23歳の終わり、ギリギリに出した私の答え。
あまり良いとはいえない脳味噌と、まだまだ少ない経験と知識。
一番嬉しい事、一番夢中になれた事、一番心が踊る事。
たんぽぽを描いて欲しい、と頼まれた事。
絵を描く事。
絵を描く事。
それを私は23歳の終わりに決めた。


それでお金を稼ぐとか、有名になるとかそんなことは重要ではなくて、
絵を描く、という行為。
私はそれをする。
それが幼い頃から抱いている疑問、の答えを知る為には一番近い道なんじゃないかと思う。
23歳のあの時の決め事。
それが私の人生とはなんなのかを教えてくれる。
多くのものはいらない、多くのことは知らなくても良い。
一で一を知りたい。
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